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正義と正義と正義がやりすぎて あおり運転事件の考察

 2019/08/21 今日の「椎名雄一」 椎名雄一に聞いてみた
この記事は約 9 分で読めます。 405 Views

あおり運転のニュースをTVが連日報道して、ツイッターなどではそれについてつぶやく人がたくさんいる。普段あまりTVをじっくり見ない私にとってはすごく違和感がある現象だった。

1.主観的な問題意識

あおり運転をした加害者とされる人は「相手が先にあおってきた」という。こればかりは主観的な問題なので「そうだった」とも「そうでなかった」とも言い難い。

ただ、普段走行していても「あおっている」というよりは「慌てている」車はよく見かける。

車だけではない。

新宿などの大きな駅を利用すれば歩行者にもあおられることはよくある。前が詰まっているのに背中やかかとに後ろの人の手や足がカツカツぶつかる。運転ではないから危険ということはないが、嫌な気分になることはある。

主観的な問題

これらの加減はかなり主観的で「気にしない」人にとっては気づかないような話かもしれないし、どれくらいまで前の人を押して良いかも主観的な加減によるように思う。自分が遅刻しそうで慌てていれば前の人を押しても良いという価値観に傾くし、自分が東京観光に来ているのだとしたらゆっくり歩きたいかもしれない。

ともあれ主観的にあおられた

ともあれ、主観的に「あおられた」と感じたら自分の中の正義がムクムクと湧き上がってくる人は多い。車の中で「あおってきやがったぜ!」「ひどい人だね」と会話をするくらいですめば良いが、今回のM容疑者は「あおり返して伝えよう」と判断したのかもしれない。

M容疑者が切れやすいかどうか?どれくらいを「あおり」と思うかどうか?過去に「あおる人に対しての恨み」を抱くような経験があるかどうかでも主観的な対応の仕方が違う。また、普段から暴れるような言動が選択肢にある人とない人とでも違う。

結果としてあおり運転+暴行となった

これに関しては許される話ではないし、罪を償ってほしいと思う。今回、話題にしたいのはそこではない。

やりすぎだった

という点と

正義を示したかった

という2点だ。

2.Twitter(SNS)の正義

このニュースを見ながらTwitterを見ているとたくさんの人が言いたいことを言っている。主観的な感想を述べているだけならTwitterはつぶやくものだからいいと言えるかもしれないが、K容疑者(女性)に似た人を吊るし上げて、全く別人の経営者の女性を攻め立てるつぶやきまで出てきた。

主観的な問題

これも主観的な問題で「このくらいのつぶやきなら許せる」「許せない」はその人の置かれた状況や性格、人間関係や地位などによって異なる。社会的信用が大事な別人の経営者を拡散してしまうのはやりすぎではないのか?

そもそも事実をしっかり把握するすべを持たない人たちが公開の場で一方的に攻め立てるのはやりすぎではないのか?

Twitterの正義

Twitterでコメントしてる人たちには正義がある。

問題なのは小さな正義グループがたくさんあることだ。TVで容疑者となった人の素性を調べて晒すことを正義とする人もいれば、自分の主観をぶつけて「そうだそうだ」と盛り上がるのが正義の人もいる。

話題の対象が「TVで悪い人」と言われている人の場合はなおさらだ。プライバシーも間違った情報もおかまいなしで盛り上がる。

彼らはそうやって「みずからの正義」を示したいのだと感じる。

M容疑者と何が違うのだろうか?主観的に「あいつが先に」と思ったらどこまで傷つけても良い。全員でリンチをしているようで気分が悪い。

正義を示したい

という動機はM容疑者もTwitterも同じ。「あおり運転」という行動しかとれないM容疑者は問題だが、Twitterならば良いのかと疑問になる。それは発言力やスキルがM容疑者よりも器用なだけでやっていることは同じだ。

やりすぎた

そして、やりすぎて間違った情報で盛り上がった人たちが今回関係ない経営者の尊厳にも傷をつけた。明らかにやりすぎだ。訴訟になるというがそうなるだろうというひどいことをした。

3.やりすぎの境目も主観

主観的に「こいつは悪い奴だ」「こういう正義がある」と主張したい気持ちになることは誰にでもある。ただ、悪いことをしたからといって人間の尊厳を奪って良いものではないし、やりすぎの境目が確かにある。

どれくらいがやりすぎになるかは攻撃をされた人の性格や生い立ちにもよるだろう。一般の人は集団で叩かれるだけで怖くなってしまうのが普通ではないか?

TVの正義

TVを見ていて違和感を感じるのはK容疑者が出会い系サイトを活用していて、結婚願望が強くて、何度断られて、どこにデートに行って、でも長く続かなくて、、、、という話は「あおり運転」のニュースに必要だろうか?

長年の友人をテレビに出して、「みじめだ」と言わせなくても良いのではないか?

TVの正義は間違いなく視聴率

K容疑者を叩けば叩くほど視聴率は稼げるからTVの主観で叩く。そんな動機で叩いているくせに「この人はこういう悪いことをした」「この人はこういう心理状態だった」「中国や韓国ではこうだ」と本音を隠して、正しい人として報道している。

やりすぎ

TVにはそこまで人の人格を公共の電波に乗せてさらす権限があるのかなと思う。

もう少しいうと飲み会で限られた人数でいう愚痴や誹謗中傷の類の話をTVでどうどうと偉そうな肩書きの人たちが議論する。K容疑者の味方をしたいわけではないが、婚活の状況を晒されている姿を見るとTVに集団リンチされているようにしか見えない。

やりすぎだ

4.権力とツールの違い

TVのコメンテターもTwitterの人たちもM容疑者もそれぞれに主張したい「正義」はあった。そして、M容疑者が「正義を伝えたかった」という正当性が1%以下でTwitterが50%でTVが80%だったとしても、主観的な正義を押し付けたいという意図は同じだ。

そして、どれもやりすぎだ。

似たようなことをしていても

私たちはマスコミですよ!

というと通りやすかったり

Twitterに人が大勢いますよ!

というと通りやすい。

人として同じこと

人の心の動きだけを見ているとM容疑者とTwitterとTVがやっていることは同じだ。正義を振りかざし、やりすぎなまでに相手を叩く。そして、その動機はいたって個人的で利己的な動機だ。

TVは視聴率だし、Twitterはストレス解消だったり、フォロワー集めだったりする。だから、必要のない情報まで安易に追加して、バズるようにする。

彼らの違いはどんな武器を持っているかだ。

高級車を使って主張するか、Twitterか、TVかの違い。

もちろん違法な方法はやってはいけないという議論はわかっているが、力を持っているから合法的にやって良いと考える方が危険な気がする。どれだけ権限を持っていても発言権があっても「伝え方」「適度な対応」があるのではないか?

5.例えば親子

「誰がこの家の家賃を払っていると思っているんだ!」

「お前も大人になったらわかる」

とわけがわからない権力を振りかざして、子どもを教育する。子どもはおこられている問題に対して学ぶのではなく、権力には逆らえない。と学ぶ。そして、自分にも力があったら押し付けても通ると学ぶ。

6.そうじゃないのでは?

M容疑者やK容疑者を擁護するつもりはないが、なんでそういう人になってしまったのだろうと思うと「正義を押し付ける」「やりすぎ」が無関係ではない気が私はしている。

犯罪よりもかなり軽微なレベルでチクチクと人を攻撃して、尊厳を傷つけることが平気な人がたくさんいるから世の中が荒れているのではないだろうか?

カウンセリングをしていると多くの人はそのチクチク攻撃のストレスを自分に向ける。「私が悪いんだ」「私なんていなければいい」「攻撃が怖くて社会に出られない」といってうつ病や摂食障害になる。そして、少数だが、自分ではなく他人に向けるタイプの人がいる。M容疑者はこっちに近い気がする。

犯罪じゃないから、合法的だから、権限があるからとやりすぎなくらい人を叩く社会において、パンクして異常行動をする人が出てくるのは当然の因果関係だと思う。異常行動を起こした人は罪に問われるべきだと思うが、それを生み出した人たちはせめて反省した方が良いのではないか?

企業研修をしているとモンスター社員が出やすい会社、部署があることがわかる。モンスターとなる社員が入れ替わっても結局モンスター化するのだ。それはその社員ではなく、それを生み出すチクチク攻撃の組織に問題がある。

正義は適度に使おう。相手にも正義があるのだから。

今回、一連のニュースを見ていて思ったのはそんな違和感だ。

お互いに理解しあい、潜在的な問題を助け合って、事件を未然に防げる社会を目指したいと私は思う。ひきこもり対策もその意図だ。

7.TVに関しておまけ

犯罪に詳しい専門家を呼んだり、似た事例を過去や海外から集めてきてTV番組を作るのは良い。それで視聴率は稼げるだろう。

が、

犯罪の種明かしを嬉々としてやっているが、模倣犯の責任はTVだとわかってほしい。ニュースにするということは「そういうことがあり得る」「こんなやり方がある」「うまくいっている」と宣伝するようなものだからだ。TVでは言わないほうが良い情報がたくさんあると思う。専門家が「もっと上手い方法もありますよ」と言わんばかりに犯罪者予備軍を教育しているのはどうかと思う。

さらに

最近では中国やアメリカのニュースを日本のニュースと区別がつかないように報道しているが、日本であったニュースよりひどいニュースが中国でありましたとわざわざ報道するデメリットを考えてほしい。視聴率は稼げるが。海外のより上手で過激な「あおり運転のお手本」を公開する必要があるだろうか?あれであおる人のテクニックが向上しないことを願いたい。必要のない文脈で「中国は怖い国だ」と印象を持たせる必然性もない。

メンタル不全者の多くは
この目に見えないチクチク攻撃に疲れてしまっている人が多い。僕もその一人だが必要がないのにチクチク人を攻撃している姿を見たくない人は一定数いると思う。そんな世界に住みたくないとすら思うこともある。

今の中高生が「こんな社会で生きて行きたくない」と言い始めているのはM容疑者がいる社会を指しているのではなく、TVやTwitterのチクチクした雰囲気の社会を指しているのではないだろうか?

95割がゆとり

「ここにいる95割がゆとりだな」

「950%!!」「9割5分でしょ?」

と突っ込むところまでがテンプレートである。つまり、間違えていることをわかっていて95割と書いている。

ネットスラングにはこういう類いのものがたくさんある。
閉じたある一定のコミュニティでのみ通用する概念があるのだ。

今回のTV、Twitterに対する私の感覚が「95割」のテンプレだったら良いなと思う。つまり、突っ込まれることも想定して「わざと」嫌な感じのニュースを作っているのだとしたら、、、それはそれで問題だが。

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yuichishiina

yuichishiina

精華学園高等学校 町田校舎長・一般社団法人 日本心理療法協会代表理事・NPO法人ユメソダテ 理事 など。悪い人がいるのではなく、理解し合えていないことが問題。と人と人との心をつなぐ活動を展開中。

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