言葉をあやつれない人たち
最近、驚くようなことが何度かあった。
学力的な問題ではなく、日本語を致命的なレベルであやつれていない人たちと出会ったのだ。若者言葉や業界用語がどうのこうのではなく、初歩的な国語の問題で誤解をしたり、トラブルの原因を生み出したりしている。
目次
1.単語を追いかける
Googleで上位に自分のブログやサイトが出てくるようにすることをSEO対策と呼ぶが、少し前までその仕組みの根幹はキーワードマッチングだった。
つまり、
「学校」という単語がたくさん入っているサイトが「学校」について詳しいのだろう。という考え方だ。(※今はAIが導入されそんなに単純ではなくなった)
SEO対策(Googleで自分のサイトを上位に表示させようとする)を考えて「学校」と検索されたら上位に表示されるようにするために
1.学校とは
学校とは一般に小学校、中学校、高等学校そして大学・専門学校を指す。そして、毎日通う全日制の学校を始め、通信制の学校なども存在する。
こんな風に「学校」という単語をたくさん使うようにして「学校で上位に表示してくださいね」とGoogleにアピールする。
人間もGoogle化している
これはあくまでもGoogleが処理しやすいように文章を書いているのであって、人間が読んだ時には「小中高等学校と大学・専門学校」のように書いた方が読みやすいかもしれない。
このように「単語を処理するGoogle」と「文章を理解する人間」という構図で私はWeb上の文章を理解していたが、どうもそうではないらしいことがわかった。
カレーライスを作るには「じゃがいも」「にんじん」「たまねぎ」「肉」が必要だが、好みで「なす」をいれてもよい。
という文章と
カレーライスを作るには「じゃがいも」「にんじん」「たまねぎ」「肉」が必要だが、「なす」を入れる必要はない。
この文章との違いが認識できない人がいるのだ。不審に思って突っ込んで聞いてみると「カレーライス」「じゃがいも」「にんじん」「たまねぎ」「肉」「なす」について話をしているので「同じ」なのだという。
「名詞」しか認識できていないのだ。それらがandの関係にあるのかorの関係にあるのかや動詞・形容詞との関係性などは理解できていないようだった。
※ちなみにこの問題が発覚した人物は20代の大手企業の会社員である。
その人から私に送られてくる業務連絡の「名詞」は間違っていないのだが、助詞・助動詞・形容詞・動詞などがおかしいので意味がつかめないのだ。
2.人物が消えてしまっている
これは以前から問題視されている現象だが、必要な人物名を言わない人が増えている。
「山田さんが鈴木さんに嫌がらせをしています」
と伝えたいところを
「鈴木さんに嫌がらせをしています」
とだけ表現するので、「ん?誰が??僕がしてしまっているのかな??」と山田さんが自分や他の人に入れかわって解釈されてしまう。
「嫌がらせをしてしまって」
「禁止されたんですけれど」
「やってしまって」
と話が続くがずっと誰が誰にしていることなのかがわからない。
そういう人がこのような発言をする時、個人名を出すのがはばかられるとか、オブラートに包んで伝えたいという意図を感じなくもない。でも、あまりにカットされすぎると「嫌がらせをしたのは(この人なんだろう)」とか「嫌がらせをしたのは(私のことかな)」と補わないと話が聞けないので自然とそうしてしまう。
そして、
数分から数日後、「あー山田さんに決まっているじゃないですか!」と言われる。「いーや、決まっていない!」
「山田さんが嫌がらせをしています」
これも問題だ。嫌がらせをされている人がたくさんいるのか?誰なのか?あなたにしているのか?がよくわからないからだ。
「嫌がらせをしています」
もはや「嫌がらせ」が北から南に向かっているのか東から西なのか方向性がよくわからない。
人物が入れ替わる
この現象の一番怖いところは話をしている最中や伝言ゲームのように人から人に話が伝わる過程において、人物が入れ替わっていくことだ。
「山田さんはみんなに嫌がらせをしています」
「みんなが鈴木さんに嫌がらせをしています」
こうなってしまったら大問題だ。
きちんと人物の名前を消してしまったから起きる誤解。トラブルの典型だ。
3.自己流の末路
基礎ができていなくても一人前に扱われたり、お金が稼げたり、ツイッターなどで発信できる社会になった。政治を知らずに政治に口を突っ込む。言葉が使えないのに発信をする。謙虚に一定レベルの教育を身につけることをせずに自己流で生きることのリスクを感じて怖いなと思った。